『平生業成(へいぜいごうじょう)』についてお話しします。
『平生』とは死んだ後ではない、生きている現在ということです。
とかく仏教というと、「死んでから用事があるもの」「死んだ際の後始末に必要なもの」
と思っている人が多いですが、親鸞聖人は「平生」生きているただ今、のことを教えられた
方なのです。
『平生業成』の『業』とは事業の業の字を書いて、仏教では「ごう」と読みます。
親鸞聖人は「人生の大事業」のことを、ここで『業』といわれているのです。
大事業と聞けば、秀吉が天下を取ったことや、家康が江戸幕府を開いたことなどイメージす
る人もありますが、そういったことは人生の大事業ではありません。
天下を取り、太閤にまで上りつめ、大阪城や聚楽第を築き、栄耀栄華を極めた秀吉でした
が、臨終には『難波のことも夢のまた夢』と寂しくこの世を去っています。
家康は江戸幕府を開き、徳川300年の基礎を築きましたが、臨終の自分の一生を振り返っ
て『重荷背負うて遠き道を行くがごとし」と述懐しました。
どれだけのことをしても、「夢」とはかなく消えてしまうものは「人生の大事業」とは言わ
れません。苦しみという重荷を背負い続けて下ろすこともできない人生では、何をしたとこ
ろで、「人生の大事業」ではありません。
親鸞聖人が説かれている「人生の大事業」は『絶対の幸福』になることです。
『絶対の幸福』。耳慣れない言葉だと思います。
親鸞聖人が『摂取不捨の利益』『無碍の一道』と言われている幸福です。
次回は絶対の幸福とは何か、お話しいたします。

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